“ナントカと煙は高い所へ上る”的な東京湾岸タワマン乱立タウン
かつては東京湾岸の埋立地でバリバリ工業地帯だった街、江東区「豊洲」。昭和63(1988)年に地下鉄有楽町線の駅が開業して以降、それまでは石川島播磨重工業などの工場群で占められていた土地が続々とオフィスビルやタワーマンションに建て替えられ、今となっては東京を代表するバブリーな“湾岸セレブ”の住む街としてキラキライメージに一新され「住みたい街ランキング」の上位に登場するまでになったという稀有な歴史を持つ街である。
ともかく豊洲の強みは都心からの距離の近さというところに集約されよう。有楽町線を使えば銀座エリアは目と鼻の先。東京駅や秋葉原など東側の主要地域には自転車でも行けるという事で、それまで環境の悪い工業地帯で人の住む土地でもなかった埋立地にまで一気に住宅需要が開けた形になるのだろう。運河から眺める大型マンション群は21世紀における新たな東京の都市風景の一つとして象徴的なものとなった。
そんな豊洲のキラキラ化に拍車を掛けたのが2006年10月に開業した「アーバンドックららぽーと豊洲」である。石川島播磨重工業の工場跡地に華々しくオープンした商業施設は新興タワマン住みのなんちゃってセレブ軍団の高い購買力に応えるべく様々な意識高い系店舗が寄り添う、東京都心部では珍しいイマドキなモールとして定着している。
しかし、ららぽーとを中心に土日の混雑ぶりの酷さは目に余るものがあるし、ここの客層においてやけにDQN率の高さが目につくのは、湾岸道路で他所の地域からヤンキーどもが押し寄せるからか。特にスーパーマーケット等普段遣いするような店舗まで混雑しまくるのはいただけない。だが、それらの若干の不便さには目を瞑ってでも、このベイエリアの風景を気に入って住んでしまいたくなる人々が一定数いるのは理解できなくもない。
豊洲駅近くにはタワマンセレブ御用達っぽい「おベンツ様」の正規ディーラーまで鎮座する始末。タワマン住みでベンツ所有となると、世帯年収は1000万どころか、1500万程度は余裕で超えるはずだろう。昔の江東区を知る人間からすれば、公害と夢の島のゴミ問題に苦しめられた過去の姿から見れば想像も付かない世界だが、今の豊洲は日本一セレブな埋立地タウンとしてすっかりその座を確固たるものとしている。
でもね、そんな豊洲の街をよーく観察しますとですね…駅前のタワマンに付随する商業施設のテナント一覧に入っている食い物屋がやたらと庶民的過ぎるチェーン店ばかり入っていたり、実際のタワマン民は想像しているよりもずっと余裕なく暮らしているのではなかろうかと思う事もしばしば。タワマンを背伸びして買ったはいいがローンの返済で首が回らなくなっている人々もいることだろう。まあ、普段からキラキラしているのは「ららぽーと」くらいのものではなかろうか。
チャイナタウン化する豊洲
それよりも現在の豊洲を何よりも物語る光景が「やたらと中国人が多い」という事に尽きる。特に豊洲エリアのタワマンに住んでいるのは富裕層は富裕層でも中国人のそれが非常に多い。2020年東京五輪開催による地価上昇を睨んで投資物件としてタワマンの一室を持っている中国人も少なからずいるようだ。それと都心には珍しい大型ホームセンター「スーパービバホーム豊洲店」の客層も、やっぱり中国人が目立つ。
豊洲住みの中国人の胃袋をガッツリ掴んでいるかと思える、池袋西口チャイナタウンに本店を構える中国東北料理店「永利」の店舗も駅前一等地に複数店舗を構えて営業している。何を食っても美味い本格過ぎる中華料理屋。ランチ営業も行っている。
しかしそんな「永利」も豊洲駅前に「3号店」まで出店するところまで行くのを見た時には、この街もいよいよ中国人のものになったか、という感慨に浸りそうになるのであった。数十年後、今あるタワマン群が老朽化して資産価値が下がった頃には豊洲の街がどのように変貌するのか、その成り行きが気になるところだ。
小綺麗なタワーマンションをよそに豊洲エリア各所にある低所得者層向けの都営住宅に目をやるとタワマンバブルに浮足立ってばかりもいられないこの街の現実も浮かび上がってくる。都営住宅のベランダに大きなパラボラアンテナを置いたお宅がチラホラ見られる件。都営住宅の住民もまた中国人世帯が増えているのだ。