京王線の電車が毎朝糞詰まりを起こす街。各停しか止まらず不便だが穴場感パネェっす
新宿と調布・府中・八王子などを結ぶ京王線に乗ると、新宿の次が笹塚で、その次にあるのが「代田橋」。“新宿から二駅”と聞くと交通至便で魅力的に感じてしまうこと請け合いだが、しかし駅前一等地が超絶しょぼくれていて思わず泣きっ面になってしまうのがこの街。だってここ、各駅停車しか止まんないんだもん。あまりに利用者も少ないので、駅出口にあった本屋「啓文堂書店」もいつの間にか潰れて空きテナントのまま放置されている始末である。
京王線が不評なのが、笹塚から先の大部分が高架化されておらず、相変わらず線路が地べたを走っている事。毎朝のラッシュ時間帯には郊外から流れてくる通勤列車がお団子状態になってノロノロ運転しだす風景をよく見る。渋谷から吉祥寺に伸びる井の頭通りも環七通り(大原二丁目交差点)と甲州街道(松原交差点)を挟んだこの区間は「開かずの踏切」による渋滞もあってボトルネックっぷりが酷い。迂回が必要である。一応ながら高架化計画もあるらしいが、一向に進まない。
で、そんな代田橋駅前にもちょっとゴチャゴチャっとした商店街らしきものもあるのだが、ローカル感半端ない佇まいである。駅周辺も住所だけで言えば、上京カッペ民が泣いて咽ぶ憧れの「世田谷区」の一部なのに、全くアッパー感の欠片もない。「アド街」も両隣の明大前と笹塚は紹介するのに、ここ代田橋に限っては目の前を走る京王線の電車同様、全力スルーである。
各停しか止まらず、7割方の電車が通過してしまう代田橋駅があまりに使えないので、駅周辺の住民はタイミングによっては隣の笹塚駅までチャリを漕いで行った方がむしろ好都合である。もしも環七から内側に住んでいたら完全に笹塚駅ユーザーだ。そりゃ駅前だって寂れる。誰も歩いてませんよ。
駅前には太宰治が投身自殺をした(場所は三鷹ですが)ことでも有名な「玉川上水」が流れている。羽村から四谷まで40キロ以上もある、江戸時代に作られた東京が誇る土木遺産だが、都区内でその遺構を眺めるのに良いのがここ代田橋付近。一部暗渠が開けて親水公園のような体裁になっている。春には桜も開花して、なかなかいい感じになるのだが…
そこから玉川上水緑道(暗渠)をちょっと下ったあたりの児童公園はホームレスに占拠されているのであった。この界隈、得も言えぬ陰鬱な空気に満ち満ちている。ピンからキリまである世田谷区の中でもこのあたりは相当下層に近い立ち位置に甘んじているのではなかろうか。
ボロアパート多し、明大生と沖縄出身者の“初めての上京生活”にどうぞ
しかしそんな陰気臭い代田橋駅前も裏を返せば「穴場」としての存在感に目をやれば、案外悪くもないのかも知れない。チャリンコに乗れば笹塚や下北沢にもすぐ出られる。特にマンモス大学である明治大学和泉キャンパスに通う生徒の下宿先としては有力だ。賃貸相場だって隣の笹塚より一回り安いし、家賃三万円前後の貧乏臭い風呂なしアパートだっていっぱいある。
駅徒歩2分の駅チカ立地に鎮座する「代田莊」…こういう超オンボロアパート物件がちらほら残っているのが代田橋という地域。さっきのホームレスがいる公園の真向かいですけど、さすがにボロ過ぎるのかして2016年に取り壊されてました。
「代田莊」の門柱に掲げられていた古めかしいプレート。住所が「東京市世田ヶ谷區大原町一二五九番地」とありますよ?!戦前からの物件でしたか!恐れ入りました。もっとも近年ではこのような穴場物件は続々と姿を消している。
代田橋駅周辺で普段遣いできるスーパーは甲州街道沿いの「京王ストア」くらいしか見当たらず、やっぱりショボい事には変わりないのだが、そこから甲州街道を跨ぐ歩道橋を渡って杉並区和泉に渡ると何故か「沖縄タウン」と銘打って沖縄物産店や沖縄居酒屋などが乱立する「和泉明店街」という古い商店街がありましてね…
結構本格的に沖縄の食い物があれこれ揃えられているという始末。2000年代の「沖縄ブーム」に便乗しただけという軽薄な動機から寂れた商店街を復興させたのが始まりだが、結構サマになっている。沖縄出身者の上京先としても、悪くはないと思いますよ。