コリアタウンと戸山ハイツに挟まれた街…昔の地名は「東大久保」でした
新宿駅周辺で「新宿」と名の付く駅名は沢山あるが、この東新宿駅もその一つ。副都心線、都営大江戸線が交差しているがどちらも新宿駅ないし新宿三丁目駅の隣にあって、新宿の繁華街から徒歩15分以内で来られる。元々は東大久保という地名だったが昭和の住居表示実施で今では新宿六・七丁目に属している明治通り東側一帯は完全に住宅地域となっている。
東新宿駅前は「新宿イーストサイドスクエア」なる大型商業ビルとタワーマンションがそびえる先進的な街並みに変わったが、その裏手に回ると本当にここが新宿のど真ん中なのかと疑いたくなるような廃れた住宅地が残されている。花園神社や歌舞伎町二丁目のホテル街から明治通りを挟んですぐの場所である。
新宿六丁目の一角にそびえる都営団地「東大久保一丁目アパート」。昭和46(1971)年築の大型団地。戸山ハイツもそうだが、元々の東大久保地域はこうした低所得世帯が住む公営住宅や福祉施設が多い。今はコリアタウン大久保が近くにある影響で、韓国人世帯が多く住んでいるようだ。
都心の巨大団地「都営戸山ハイツ」は高齢化問題の縮図
副都心線東新宿駅北側出口に程近い、明治通りと大久保通りが交差する大久保二丁目交差点から北東側一帯に広がる巨大団地「都営戸山ハイツ」。
かつて陸軍戸山学校があった土地で今でも731部隊の人体実験の犠牲になった遺骨が出てくるなどとオカルト話が尽きない場所だが、戦後の住宅難をきっかけに当初木造の都営住宅が建設された「都営住宅の元祖」と呼ばれるまでの場所である。1970年代に今の高層住宅が建てられたニュータウン的な佇まいの街並みに変わった。
戦後70年間も団地の街として続いてきた戸山ハイツだが、当然この場所にも高齢化の波が押し寄せている。人口約6千人中、65歳以上の高齢者が50%に近づいているのだ。団地の下の商店街を見ると暇そうなご老人だらけで、ダンボールを並べて道端で商売する靴屋なんかがあったり昭和なノリがそのままである。
新宿のど真ん中という立地の良さから人気が高い故、戸山ハイツの空き家抽選の当選率はとてつもなく低く、おいそれと簡単に入居できる場所ではない。しかも全戸が収入に応じて家賃が決まる都営住宅なので低所得世帯が都心に住める環境としてはこれ以上の場所はない。
平均所得が高ければ赤、低ければ青と色分けで示した所得分布図で新宿区中で唯一真っ青な孤島と化している…そんな戸山ハイツが果たしてどんな場所なのか、この土地をHIPHOPソングにしたためた「O2」の「団地 back in the day」を聴けば一発で分かる。都営団地に住むには覚悟が必要なのだ。